若者のクルマ離れ?
皆様はお車をお持ちでしょうか?かつて日本において車というのは、文明の利器の最たるものの一つであり、中流階級以上であることの証明としてのステータスという側面を持っていたのではないかと思います。特に男性にとっては、それこそ自分自身の収入やセンスなどをそのまま映し出し反映するような存在であったといっても、そこまで大げさではないのではないでしょうか。しかし、現在に於いてはどうでしょう。随分と若者のクルマ離れ、なんていう業界の身勝手な言い分を耳にすることも多くなったのではないでしょうか。若者の○○離れ、というのは、若者にとっては悪い意味で晴天の霹靂のようなものです。それもそのはず、彼らにとっては離れていったつもりはないのです。最初から近くになかっただけで、自分からはなれていったかのように言われ、売上が悪いのは若者が離れていったせいだ、なんて言われたって納得の行くものではありません。
では、何故このような若者が近くにいない状況になってきたということが言えるのでしょうか。その主たる要因は恐らく大きく三つあるのではないかと思います。まず一つ目は、インフラの整備が地方においてもかなり進んできているということです。かつて日本中で車が重要視されたのは、まずその前提として、車が無いと一気に不便になってしまう地方というのがまだまだたくさんあったというのがその大きな理由であるということが出来るのではないでしょうか。現在においてもまだまだ車社会である地方というのも勿論存在していますが、それでも嘗ての日本に比べれば随分交通の便は良くなり、車がなくとも生活にそこまで大きな支障がない地域というのは、かなり増えたということが出来るのではないかと思います。これが第一の原因でしょう。しかし、この原因だけだと先ほどの説明と矛盾が生じてしまいますね。そう、車というのは(殊更男性にとっては)、自身のステータスを示すものであったという論です。ここで出てくる第二の原因が、まさにそこに病理を持っているといっていいのではないでしょうか。第二の原因は、車というのがもはやステータスの基準として使える時代ではなくなったということが出来るのではないでしょうか。この車がステータスであった時代にくらぶれば、現在の車というのは随分多様化し、随分低価格化した、ということが言えるでしょう。もはや車は庶民の存在となりました。もはや車を持っているだけでステータスであるというような時代ではなくなってしまったため、わざわざ示威のために車を所有する意味がなくなってしまったということが出来るでしょう。もはや、バブル時代を象徴するような、「車がないオトコはちょっと」だなんて、時代遅れ甚だしいことを言うような人もいなくなったため、意地を張る必要がなくなってしまったのが、一つ原因として上げることが出来るのではないかと思います。そして最後、三つ目の原因は趣味の多様化、娯楽の多数化でしょう。かつての日本にはそこまで多くの趣味嗜好というものが存在していませんでした。オトコなら趣味は車かゴルフ、というような時代が、この車の社会を支えてきたということです。それが代わっていき、今や多くの娯楽というのが存在するようになりました。アウトドアだけに限らず、インドアな趣味の男性というのもそこまで敬遠されるものではなくなったでしょうし、そういったいみでの価値観の反駁というのも非常に大きいということが出来るのではないでしょうか。そうした状況になった時、車というのは趣味とするにはいささかお金がかかり過ぎます。
そのため、わざわざクルマにお金を注ごうとは考えない人が増えたというのが、日本における車業界の斜陽の入り口であるということが出来るのではないでしょうか。そこでスポットが当たるのが、低価格で購入することの出来る中古車でしょう。